つばさねこのプロフィール

翼猫

「つばさねこ」のプロフィールを公開します【経歴】

こんにちは!「タマクロ」の管理人をしています、つばさねこです。

いったい、つばさねことは何者なのか?どういう人物なのか。

このページを見ていただければ、生い立ちから、その真相を学ぶことができます。

つばさねこ
つばさねこ
ようこそ、タマクロ へ!

「つばさねこ」というニックネームで活動しています。名前の由来は、、気分です。翼猫とは、その名の通り翼が生えた猫で、架空の生物です。

猫が好きなのと、苗字の「たま」=猫を連想させる&個人投資家の「与沢翼」さんに憧れているので、”翼”という単語を起用しました。

僕が24歳の2020年1月から独立し、Webマーケターとしてブログを書いたり、YouTuberとして活動してしています。

僕のブログでは、僕が21ヶ月でサラリーマンを卒業し、その後収入0でWeb起業した後に自分の会社を立ち上げて、成功するまでの道のりを発信します。

以下がメディアの運営歴です。

ブログ:このブログです。2019年2月より運営開始(2019年4月~11月まで休止)

→ブラック企業に苦しむ20代の若者にブラック企業との関わり方や転職・独立方法を、出会いのない若者のために、20代での恋愛攻略術を執筆しています。

Twitter:2019年12月より運営開始(@wing_tamalife)

→フリーランス、ブログ、YouTubeの知識や情報を呟いています。基本的に意識高めの事を呟きます。たまにボケたりする。

YouTube:2020年1月より運営開始(YouTubeチャンネル)

→フリーランスとして生きる中で培った、人生に役立つ攻略術をご紹介。たまに企画したり、自由な感じで話しています。

つばさねこ
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Twitterのフォロー、YouTubeのチャンネルの登録、めちゃくちゃ嬉しいです!

つばさねことは、こんな人物だ!(厳選10個)

・引っ込み思案だけども立ちたがり屋

・大勢より、一人でいることが好き

・普通であることが嫌い。すごい人になりたい

・人を笑わせるのが好き

・同じく頑張っている人が好き

・サラリーマンには戻れない

・努力は自分を裏切らない

・飽きっぽく、新しい物好き

・倹約家。あまりお金使わず、本にお金をかける

・ビビリで、臆病者

どうしてこのような人格が形成されたのか、

少し昔に戻って振り返ってみましょう。

少々長くなりましたが、是非見ていただけると嬉しいです。

兵庫県の田舎に生まれる

田舎

兵庫県三田市。周りには、田畑が広がる。

出身は兵庫県の三田市という、山の奥にある地域で18年間育ちました。

実家の前には山があるし、コンビニまで歩いて20分かかるし、冬場はマイナス8度まで下がるし、本当にど田舎です。

でも空気が美味しくて、蛍が見れて、星が綺麗で素敵な場所です。

隣の市には神戸があり、有馬温泉も近いので、田舎ながらも割と遊ぶところには困らない町です。(有馬温泉行った事ないんですけどね)

6人家族で、姉、僕、弟、妹の4人兄弟。

家では基本的に皆無口。

父も母も大人しめな性格なので、家族で

喋るというよりかは、弟とゲームしたり遊戯王でデュエル(=勝負)したり遊んでいました。

つばさねこ
つばさねこ
弟にデュエルに負けそうになったら、サレンダー(=降参)していました。相当負けず嫌いなのは今も変わりません

小学生〜の頃は真面目キャラ

小学校の時は、テストできちんと100点とる真面目な性格をしていました。

それも、100点の答案用紙1枚親に見せれば、100円もらえるという約束をしていたからなんですね。(物で釣られるタイプの人間です)

小学校の時の冬休みの課題で百人一首暗記の課題が出たときに、全て丸々暗記して、学内の百人一首大会で無双していた記憶があります。

言われたことに関しては、きちんとやる」性格をしていました。

両親がバドミントンをやっていた事もあり、

親の影響で地元のクラブチームに入り、週2日で練習。

クラブチームに入っていたこともあり、市のバドミントンの大会では小学校の部活動レベルの相手に無双していました。

百人一首」と「バドミントン」で無双していたこともあり「自分はもしかして、才能があるんじゃないか」とまで、自惚れていました。

つばさねこ
つばさねこ
バドミントンはラケットの持ち方がおかしかったので、あまり上達はしませんでしたが。

中学生の頃は部活をサボり出す

バドミントン部が中学校になかったので、クラブチームで続ける傍ら、体力作りとして陸上部に入ることに。

ただし、3年間で陸上部の大会には1度も出たことがありませんでした

当時顧問だった”もやし先生”(見た目がもやしっぽいことから)に出るように詰められましたが、足がそこまで早くなかった僕は、説得を押し切りました。

部活中に、同じ部活動の友人と抜け出して、中学校から近かった自宅へ招いてPSPでモンハンをしていたりしていました。

中3まではそんな感じで不真面目になって、

反抗期もあり途中でバドミントンも辞めた&成績も平均レベル。

中3になると、いきたい高校がありました。

三田祥雲館高校という所で、バドミントン部があり

築10年と新しく、見た目がイタリア風のおしゃれな高校でした。

某映画の舞台にもなったことがあります。

だがしかし。偏差値は60を超えていた進学校

全然勉強ができなかった僕は、

三田祥雲館を目指して個別塾に入り、ひたすら勉強。

入塾後成績はぐんぐん伸びて、無事に合格。

(まぁ、その年は稀に見る定員割れで全員入れたんですけどね。)

つばさねこ
つばさねこ
頭が賢くなくても、やればできる事をこの頃確信しました。

高校3年生で、成績最下層に落ちぶれる

三田祥雲館

三田祥雲館高校。イタリアではなく、兵庫県です。

僕の高校にはバドミントン部があったので入部しバドミントンに熱中していました。

ただ、学業の方はというと駄々下がり。

まぁ、原因はゲームのしすぎだと思います。

家に帰宅したら、当時流行っていた任天堂「wii」にハマり、スマートフォンが登場したことにより、LINEやアングリーバード等のアプリに熱中するようになりました。

高校3年生の春、気づけば学内の成績最下層にいました。270人くらいいましたが、したから数えて5番目くらい。

当時の僕は、高校卒業してから特に学びたい事もなかったのですが「大学に進学することが当たり前」という風潮があったので、僕も大学受験を目指すことに。

つばさねこ
つばさねこ
最近の中高生は、スマホの誘惑がありながらも勉強してて、すごいな!と思います

鬼努力で、成績を挽回する

同志社大学
なんとなく憧れていた「東京に行きたいな」と思いつつも、

親に反対され断念。

京都という街が好きだったので、京都の大学を受験することに決めました。

京都の大学を調べていると、一際目に止まったのが「同志社大学」。

名前がかっこいいなと思って。一目惚れしました。

ただ、西日本1の難関市立大学という事もあり、

高校3年の4月時点で成績最下層だった僕にとっては夢のまた夢。

そこで、塾に入ることに。

そこから、高校の授業中もひたすら猛勉強。

数学中に英語の勉強をしているのを必死に隠し、

高校3年の時は休み時間も誰とも話さずにひたすら勉強していました

側から見れば、意識高い系のガリ勉君状態。

学校内でのテストは赤点ギリギリのラインを彷徨っていましたが、

そんなことはお構いなしに、大学の受験対策を徹底的に行いました。

大学入試の半年前に、担任からは「お前に同志社は厳しい」と言われましたが、絶対に見返してやると同時に、自分を信じて受験勉強し続けました。

試験本番前は、同志社の過去問を20年分くらい解きました。

そして、滑り止めなんて受けてもどうせ行かないから無駄だよねということで、

滑り止め一切なしで受験。

まさに、背水の陣です。

もし落ちたら、浪人して慶應義塾大学に行くか〜と思っていました。

これも、名前がかっこいいからという理由です。

結局、無事に憧れの同志社に現役合格

つばさねこ
つばさねこ
入試中、全然古文が読めなくて「オワタァ・・・」と思っていましたが、勘で書いた記号全て当たってて運を使いました。

大学では、基本的に遊びまくる

バイク
CBR1000RRというバイク。なんと時速300kmでます。

受験を終えた反動で、大学では遊びメインの生活を過ごしていました。

サークルはフットサルサークルに入り、パリピデビューを目指しましたが結局あまり馴染めず。(備忘録:ユニフォームに15000円払ったけど、まだユニフォームもらってないよ)

大学時代にバイクにハマったんですよね。

なんとなく、

つばさねこ
つばさねこ
バイクに乗ってる俺、モテるんじゃね?

とか、そんな下心があったのかもしれません。

バイトでお金も、全てバイクに注ぎ込みました。

ゴミ収集車に乗ったこともあります。深夜バイトで棚卸しをしていたら、気付いたら寝てたこともあります。

そんなこんなもあり、大学の4年間で400万円くらいバイトで稼いだと思うのですが

、おそらく200万円くらいはバイクに突っ込んでいた気がします。

在学中に、2台買いましたし。

毎日のようにバイトして、男女混合で宅飲みして、友達と遊んで、とりあえず単位だけはとって。

途中からは流石に「なんのために大学入ったんだ?」と思い、大学3年生からは

学部一勉強するとされるマーケティングゼミに入りました

そのゼミでは、毎週5000文字程度のレポートを提出することになっていました。ひたすらマーケティングの歴史について調べて、なんとか締め切りに間に合わせる1週間。

流石に毎週5000文字のレポートを書くのはきつかった。

ただ、ブログで文字を書くのがそこまで苦手ではないのは、

この経験が生きているのかなと思います。

つばさねこ
つばさねこ
大学4年間過ごして学んだこと。バイクに乗ってもモテません。

東京に憧れて、IT企業に就職

就活中は、「自分のやりたいこと」が全く見出せなくて、就職先探しには苦労しました。

就活の最初の頃は、将来安定するだろうから「大企業」。

とりあえず、大手に入ればいいんだと。親からも大手に入るよう進められる。

結果、全然うまくいかず大敗。

レベルを落として、風の噂で仕事が楽だと聞いたBtoBのメーカーを受ける。

そこもダメ。

次に、田舎育ちであった僕は東京で働くことに憧れを持っていたため、転勤がなく、東京にい続けることのできる選択を探しました。

就活の軸は、勤務地東京の企業」という、結構無茶な軸。

関東の鉄道、地方銀行、中堅のIT企業等、勤務地「東京」にこだわりを持つ&ITがこれから来るということで、IT企業を選ぶことに。

無事、何社か内定をいただき、一番規模の大きいIT企業に入ることに。

何とは就活が終了。

そこから、「東京の東証一部上場企業のITエンジニア」としての、サラリーマン生活が始ろうとしていました。

そこには、夢と希望を抱いた東京での暮らしが待っていると希望を抱いて。

その後、地獄をみるとも知らずに

つばさねこ
つばさねこ
ちなみに大企業に落ちまくった原因は、途中まで気づかずにスーツじゃなくて喪服で就活していたからだと思います。

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早々に、社会人に絶望する

サラリーマン
サラリーマン時代のつばさねこ。完全に、生気を失っている

2018年4月に入社。

憧れの東京生活は、毎日が新鮮で楽しいものでした。

ただし、それは入社後半年間の研修期間が終わるまでの話

研修期間が、僕にとっての社会人としてのピーク。

勉強しているだけでお金がもらえるって、今思えば最高でしたね。

入社7ヶ月目の配属後に僕を待っていたのは、絶望の毎日。

都内の異常なほどの満員電車

何のやりがいも感じない雑務。

上司のパワハラ

うつ病で、リタイアしていく同期

定時で帰ろうとしたら、なぜか引き止められる毎日

毎日毎日、仕事に辞めたいと思っていました。

気がつけば、業務用のPCのエクセルでカレンダーを自作し、退職希望日までカウントして、日付が減っていくのを見ることだけを仕事の楽しみにしていました。

つばさねこ
つばさねこ
これが後、40年間も続くのか?いや、地獄でしょ(笑)

という感じに。

早々に、サラリーマンに絶望。

人生、このまま終わってしまうのかなぁと思いながら。

人生ってこんなにつまらないものなのか?

個人で事業をしたいと思うように

東京
憧れの地「東京」に来たことで、水を得た魚のように渋谷でダブルピースする僕

元々、プライドの高い僕は、尊敬もしない上司に指示されて、言われたことをこなす会社員気質に向いていないことに気づきました。

次第に「前澤友作」さんや「与沢翼」さんに憧れるようになって、「会社員ではない人生」に憧れを抱くようになりました。

つまり、「起業」ですよね。

元々、お金持ちに憧れていたというのもありますが。

自分の労働力と引き換えに賃金をもらうのではなく、お金を生み出す仕組みづくりを行うことに興味を持ちました。

正直、勤務地東京目的で入社した会社のレベルは低かった。

レベルが低いっていうのは、業務が簡単すぎるということです。

入社2年目の私と、15年勤めている先輩の仕事内容って、

そう大きく変わらなかったんですよね。

会社勤めだったのですが、仕事に興味が無さすぎて配属後2ヶ月後の2018年12月くらいに「やめたい」と思うようになってから、

会社をやめたあとの生活のために副業を行うことに。

2019年2月に、「すいません!上司に今年の12月で辞めます!」と言ってから、

出会ったのが「ブログ」でした。会社では副業禁止でしたが、

ドメインとレンタルサーバーを借りて、ブログ開始。

しかし、そこからわずか2ヶ月ほどで挫折。

本業で残業時間が増え、とうとうブラック企業の本性を発揮。

毎晩帰宅するのが23時がデフォルトになり、

ブログを書く体力も時間も残されていませんでした。

そこから気づけば半年間くらい放置。

仕事でのストレスも、異性や友達との遊びによって逃避する始末。

ただ、会社を辞めて独立する12月が近づいてくるうちに「そろそろヤバい」と思って、会社を辞める1ヶ月前の2019年11月より、ブログ再会。

つばさねこ
つばさねこ
気付いたら、放置していたブログのレンタルサーバーが凍結されていました・・・

しかし、2ヶ月そこらで収益が出せるはずもなく、

結局副業収益0円で2020年1月に独立。

そこから今に至るまで、100記事以上の記事を執筆中です。

情報発信にかける想い


情報発信に、僕はいろいろな想いを込めています。

1つは、実業家としてのビジネスの基礎を学ぶことができるということ。

2つは、情報発信を通じて、人生の可能性を再認識してもらうことです。

特に今は後者の想いが強いのですが、

自分自身と同じように会社で苦み、毎日が全然楽しくない20代の若者に対して

ブラック企業に在籍し続けるのは正解じゃない」というのを

僕自身が会社の外に出て、いろんな経験をする中で伝えていきたいと思っています。

僕が好きな言葉で「情報は発信するところに集まる」というものがあります。

僕がブラック企業から抜け出して後に楽しい人生を過ごす姿というのを発信し、共鳴してくれた仲間が増えるといいなと、強く思っています。

今後の目標

これからは、

情報発信で会社員以上の給料を稼ぐ(20万以上)

インフルエンサーになって影響力を持つ

情報発信業を法人化する

これを独立3年以内の2023年までに達成します。

プロブロガーやYouTuberを目指しているわけではなくて、あくまで自分の存在を世に知ってもらうためにメディア運営しています。

その後に実業家になってビジネスをして

最終的には投資家にもなりたいなと思っています。

人生において、やることが沢山なので、全ての夢を叶えれるように、

まずは情報発信を通じて皆さんに笑顔と情報と勇気を与えていけたらなと思います。

僕は最後まで諦めないので、何か夢に向かって頑張りたい!という人は、僕のツイートとか、ブログとかYouTubeで、元気とかやる気を出してもらいたいなと思います。

2020年の目標はこちら。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

引き続き当ブログ、及びつばさねこをお願いします。

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